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【再入荷のお知らせ】

いくつかの欠品商品が再入荷いたしました。ぜひご覧くださいませ。

須浪亨商店 びんかご
https://www.shokunin.com/jp/sunami/binkago.html
山の形 桐のトレイ
https://www.shokunin.com/jp/yamanokatachi/kiri.html
わらむ わらいずみ
https://www.shokunin.com/jp/waramu/waraizumi.html
山一 中華せいろ
https://www.shokunin.com/jp/yamaichi/seiro.html


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【価格改定のご連絡】

原材料費の高騰に伴い、いくつかの商品が2026/7/1(日本時間の7/2)に値上がりいたします。ご検討中の方はぜひお早めにご注文くださいませ。

くわな鋳物
https://www.shokunin.com/jp/kuwana/kayariki.html
わらむ
https://www.shokunin.com/jp/waramu/potmat.html
モメンタムファクトリー・Orii
https://www.shokunin.com/jp/orii/tray.html
エムピウ
https://www.shokunin.com/jp/mpiu/ferma_mati.html


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【涼の器・かなまり】

暑くなってくると、その見た目の涼しさから、食卓への登場回数がぐんと増える器があります。錫の板を型に打ち付けて形作られる大寺幸八郎商店のかなまりは、一つ一つが職人による手仕事。程よい重みがあり、強度を持たせるために錫に対して0.5%の銀が配合され、長年の使用にも耐えられる丈夫さを兼ね備えています。

ひんやりとした美しさを感じさせるかなまりは、冷たい料理との相性が抜群です。豆腐の白さが際立つシンプルな冷奴、サラダや冷やし中華、みずみずしい果物やデザートなどをのせれば、きっと食卓に「涼」を届けてくれるはず。

原材料費の高騰に伴い、近日中に価格が改定されます。ただ今銀座ショールームにて展示しておりますので、ご来店の際はぜひお手にとってご覧ください。ご検討中の方は、お早めにご注文いただけますと幸いです。

大寺幸八郎商店 かなまり
https://www.shokunin.com/jp/otera/kanamari.html
銀座ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/ginza.html


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【電子レンジが壊れたその後】

我が家の電子レンジが壊れて数カ月経ちました。これまでそれほど頻繁に使っていたわけではないのですが、一つだけ困ったことがありました。それは、カチカチに凍った冷凍ご飯の解凍です。

夜、多めに炊いたご飯を冷凍してストックし、時間のない朝や昼にレンジで解凍する。これができなくなったこと。レンジが壊れてしばらくの間は、冷凍ご飯をそのまま雑炊にしたり、もちろんせいろで蒸して解凍したりもしていたのですが、どちらも時間がかかるのがなんだかな、といったところでした。

そこで、朝や昼に使いたい冷凍のご飯は、前日の夜に冷蔵庫に移動してゆっくりと半解凍し、蒸す際にかかる時間を短縮する方向へシフト。さらに、せいろは「和せいろ」である“栗久の曲げわっぱのセイロ”を使うことで、蒸し上がりまでの時間を比較的短くすることができるようになりました。

我が家では2人分の冷凍ご飯を解凍するとき、せいろの底にクッキングシートを敷き、半解凍のご飯をそのまま入れて蒸しています。四角い形で凍っているので、時々様子を見ながら、均等に火が通るようにしゃもじで崩すのがコツです。半分ほど解凍したところで卵を入れ、さらに6分ほど蒸せばご飯の蒸し上がりと同時に半熟卵も出来上がります。ご飯の量にもよりますが、この日はお湯が沸騰してせいろをかけてから、トータルで13分ほどでした。

和せいろの強みは、背が高いため、ボリュームのある冷凍ご飯を入れても蓋に接触せず、中でしっかり蒸気が回ること。さらに、厚みと重みのある木蓋が内部の熱と蒸気を完全に閉じ込めるため、短時間で芯まで熱が通ります。しかも、優秀なのがその調湿効果です。木製の蓋が余分な水滴を吸収してくれるため、ご飯に水滴がポタポタ落ちてふやけることがありません。お米が必要とする最適な潤いだけが内部を循環し、一粒一粒にふっくら感が戻ります。

そして、秋田杉の天然木で作られた和せいろは保温性も抜群です。厚みのある木蓋と本体が熱を蓄え、しばらくホカホカの温かさをキープしてくれるので、急いで食べなくても大丈夫です。冷凍ご飯は前日から冷蔵庫で解凍、翌朝和せいろで一気に蒸して、そのまま「おひつ」のように食卓へ。これが、電子レンジが壊れたその後の、我が家の新しいルーティンです。

家電の故障は残念でしたが、おかげで毎日の段取りを見直し、調理用として重宝していた和せいろの、さらなるポテンシャルを生かすことができました。せいろを使うといってもそこに特別な丁寧さがあるわけではなく、結果として、日々の生活の中で無理なくご飯を解凍する新たな仕組みを定番化できたことは、大きな収穫でした。便利さの形が変わった今の台所で、道具を使いこなすおもしろさを改めて実感している今日この頃です。

栗久 曲げわっぱのセイロ
https://www.shokunin.com/jp/kurikyu/seiro.html
和田助製作所 しゃもじ入れ
https://www.shokunin.com/jp/wadasuke/shamoji.html
東屋 宮島しゃもじ 6寸半
https://www.shokunin.com/jp/azmaya/miyajima.html


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【三角おにぎり型 小】

息子のお弁当に「小さめおにぎり」を持たせる日があります。けれど、この「小さめ」が意外と難しい。どのくらいの大きさなら食べやすいか、具はどれくらい入るのか。手で握ると、毎回少しずつ大きさも変わってしまいます。そんなときに使ってみたのが、山一の「三角おにぎり型 小」です。これを使うと、手で握らなくても、小ぶりな三角おにぎりを一度に二つ作ることができます。

国産のヒノキで作られた型は、使用前に水で湿らせると、ふわりと木の香りが立ち上ります。その贅沢な香りは、慌ただしい朝の台所を少しだけ心地の良い場所にしてくれました。水気を取る際には、岡井麻布商店の麻ふきんが活躍します。余分な水分をさらっと拭き取ることができ、使い心地も快適です。

型に熱々のお米を半分ほど詰めて、息子の好きなシャケを入れ、さらにご飯をのせる。最後に型を外すと、思わず自画自賛したくなるほどきれいな三角おにぎりが出来上がりました。一度使うと、ご飯の量や詰める力加減などの感覚がつかめます。また、ヒノキがお米の余分な水分を吸ってくれるため、思った以上に型離れも良好でした。そして何より、おにぎり作りそのものが楽しい。これからは忙しい朝の時間も楽しみになりそうです。出来上がるサイズも理想としていた「小さめサイズ」。お子様のお弁当にはもちろん、大人なら、異なる具材を入れた二つのおにぎりをお弁当に添えるのも良さそうです。

このおにぎり型を製造している山一は、長野県南木曽町の木々を生かし、職人の手仕事による木製品づくりを続けています。南木曽町は94%が森林に覆われた自然豊かな地域。なかには樹齢数百年を超える木々もあって、江戸時代から多くの職人がこの地に集まり、木製品づくりが地域の特産として受け継がれてきました。古くから暮らしのそばにあった木製品には、手触りや香りなど、自然素材ならではの魅力があり、触れるたびに気持ちがほっとほどけるように感じます。

天然木の製品は、使用後はよく洗い、しっかり陰干しするなどお手入れが欠かせません。しかし、生活の中に大切に扱うものが増えると、心のゆとりにもつながる気がします。これから、どのような色合いに育っていくのか、経年変化も楽しみです。

小樽ショールームでは、実際にお手にとってご覧いただけます。ぜひお気軽にお立ち寄りください。

山一 三角おにぎり型 小
https://www.shokunin.com/jp/yamaichi/onigiri.html
岡井麻布商店 麻ふきん
https://www.shokunin.com/jp/okai/fukin.html
小樽ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/otaru.html


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【韓方(ハンバン)】

突然ですが、韓方(ハンバン)をご存じですか?漢方にご興味がある方や、韓国の時代劇を観る方は耳にしたことがあるかもしれません。韓方は「韓医学」とも呼ばれ、古代中国の医学を基礎に、韓国の風土や気候、韓国人の体質に合わせて発展してきた伝統医学です。

日本の「漢方」は、古代中国医学が中国から仏教とともに日本に伝わり、医療技術や生薬がもたらされ、日本人の体質に合わせ変化していきました。江戸時代にオランダから伝わった西洋医学「蘭学」と区別するために、それまで日本で行われてきた医学を「漢方」と呼ぶようになったのです。韓医学である韓方も、中医学が朝鮮半島で発展した韓国の伝統医学です。ルーツが同じなので、“食べ物は薬とその根源は同じ”という「薬食同源」などの共通点も多く、とてもなじみやすい印象です。患者を一律に見るのではなく、人それぞれの体質、内臓の状態や精神状態、性格、食性などによりそれぞれ違う治療法が必要だと説いています。韓方の特徴のひとつは、脈診や問診によって人の体質を“太陽人”“少陽人”“太陰人”“少陰人”の4種類に分ける「四象体質(ししょうたいしつ)」で診察することかと思います。

そして最も違いを感じたのは、韓国において韓方は、現代も生活の中に息づいているというところです。日本では明治以降、「漢方医」は西洋医学の流入と同時に医師として認められなくなり、東洋医学を民間療法ととらえる傾向にありますが、韓国では1951年に韓医師制度が法律で定められて以来、「現代(西洋)医学」と「韓方医学」の二つが存在し、症状に合わせていずれかの治療法を選択(あるいは併用)するのが一般的。韓方医は韓国の医療制度において西洋医学の医師とは独立した国家資格です。専門の大学で6年間学び、国家試験に合格することで韓方医として認められ、専門の医療機関「韓医院(ハニウォン)」を開業できるそうです。

そのほかにも「産後院」という、女性が出産後に韓方を利用して身体をケアし、回復を目的として数週間過ごす施設が一般的にあったり。韓国純喫茶では日本の葛根湯のような双和茶(サンファ茶)が定番であったり、スーパーや市場でも生薬が日常的に手に入るようです。なんとも聞けば聞くほど魅力的に感じてしまいます。私なら、もちろん産後院も利用して、日頃の不調は行きつけの韓医院を利用!いざとなったら西洋医学も併用するという想像を膨らませてしまいました。

いろいろとうらやましい想いを綴ってしまいましたが、韓方も漢方もまずは“未病ケア”推しです。病気になる前の段階で不調に気づき、病気を未然に防ごう!です。山芋(山薬)、はとむぎ(ヨクイニン)、ナツメ(大棗)、シナモン(桂皮)などなど、我が国日本でも漢方薬の原料でありながら食品として手に入るものもたくさんあります。毎日の食卓にちょっと山芋を擦ってみたり、香ばしく胡麻を炒ってふりかけてみたり、これからの暑い夏を乗り切るためにも自分に合った方法で、しっかりと飲食・心・運動(呼吸)の養生をしていきたいですね。

松山陶工場 あたため鍋 大
https://www.shokunin.com/jp/matsuyama/
一陽窯 すり鉢
https://www.shokunin.com/jp/ichiyou/suribachi.html
一陽窯 スパイスミル
https://www.shokunin.com/jp/ichiyou/spice.html
山只華陶苑 JUJU mortierすり鉢
https://www.shokunin.com/jp/yamatada/suribachi.html
辻和金網 胡麻いり
https://www.shokunin.com/jp/tsujiwa/gomairi.html
ショールームのご案内
https://www.shokunin.com/jp/showroom/

参考資料
https://nihon-hanbang.or.jp/about/
https://megurie.net/magazine/21-03/
https://www.kaze-travel.co.jp/kr-sp-11.html


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【おいしそうなジャムバター皿】

ガレット、サブレ、ラングドシャ、ショートブレッドなどなど、クッキーと一言でまとめようにも、その種類は実にさまざまです。名前を聞くだけで形や食感が浮かぶものもあれば、「このクッキーにも名前があるのだろうか」と、思わず手が止まるようなものもあります。

特に子どものころ、何種類ものクッキーが美しく並ぶクッキー缶は特別なものでした。カシャッと蓋を開けたときの音、広がる甘い香りは、まるで宝物を覗き込むような気持ちと似ていて、どれを食べようかと迷う時間まで、楽しんでいたことを覚えています。なかでも惹かれたのは、真ん中にジャムがキラリと光るものや、つやっとしたチョコクリームがのったクッキー。あのクッキーには名前があるのでしょうか。一般的には、ジャムをのせたものは「ジャムクッキー」、二枚重ねのものは「ジャムサンドクッキー」と呼ばれているようです。今でも心をときめかせてくれる存在ですが、特別な名前があるようでないようだなと思ったりもします。

調べているうちに、「オクセン・アウゲン」と「ロシアケーキ」にたどり着きました。「オクセン・アウゲン」は、ドイツの伝統菓子で、中央の赤いジャムが牛の目のように見えることから名付けられています。また、「ロシアケーキ」は、クッキー生地にジャムやチョコレート、マカロン生地などを組み合わせたもので、「ロシア」と名前につきますが、ロシアのお菓子がそのまま日本に入ってきたものではなく、日本で独自に発展したものだそうです。大正から昭和初期にかけては、異国の文学や文化への関心が高まっていた時代でもあり、中村屋がロシアの製菓技師スタンレー・オホツキーを招き、多くの焼き菓子を販売します。そうした流れの中で、日本の洋菓子に外国の要素が広がっていきました。どちらも、今呼ばれている「ジャムクッキー」に通じるものがあります。

そして戦後、金属の製造も再開され、食品を缶に保存する時代の流れとも深く結びつきました。クッキーは保存性が高い華やかな缶入りとなることで、特別な贈り物として親しまれるようになりました。今思えば、私とあのキラキラ、つやつやのクッキーとの出会いは、日本の老舗洋菓子メーカーのクッキー缶。わくわくした気持ちを盛り上げてくれる缶と、真っ先に選んでいたあの一枚には、実は日本で育まれてきた洋菓子文化が詰まっていたようです。

木屋かみののジャムバター皿を見つめていると、宝石のようなクッキーに魅了されたころのことが思い出されます。メープルの木で作られたものはプレーン味、ウォルナットの木は少しほろ苦いココア味に見えてきませんか?丸い縁の中にジャムやクリームが収まる様子は、まるであの日のクッキー。ショールームへご来店の際は、木屋かみののジャムバター皿をぜひ手にとってご覧ください。すべすべとしたなめらかな木肌の触り心地を感じていただくとともに、真っ赤なジャムやチョコクリームが盛られている様子を想像していただけると嬉しいです。

木屋かみの ジャムバター皿
https://www.shokunin.com/jp/kiyakamino/jambutter.html
ショールームのご案内
https://www.shokunin.com/jp/showroom/

参考資料
https://www.nakamuraya.co.jp/pavilion/history/showa.html
https://www.nakayamaseika.co.jp/ja/story/russian/


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【日本の青と藍染】

日本の色彩観は、西洋的な「色相」の概念とは異なる独自の発展を遂げてきました。古代において、色は固定された物質の色ではなく、光の加減や事物の状態を表す言葉とする説があります。夜が明ける瞬間の、パッと弾けるような明るさを「アカ(明)」と呼び、すべてを包み込み隠してしまう闇を「クロ(暗)」と呼ぶ。事物がはっきりと現れる様を「シロ(顕)」、境界線が曖昧でどこまでも広がる空や海を「アオ(漠)」と捉えるように、色は自然の変化と結びついて理解されていました。

その一方で、飛鳥時代には色は制度的な意味も持つようになります。冠位十二階では色が位階を示す指標として用いられ、色は社会的な象徴としても機能しました。並行して、日本人の感性の中には自然の移ろいを重んじる視点が保たれ続け、平安時代の宮中では、季節の変化を衣服の配色で表現する「かさねの色目」が発展し、色彩は季節や場所柄にふさわしく優雅に衣装を着こなすことが教養の一部として洗練されていきました。平安時代になると、縹(はなだ)・紺・瑠璃色など、藍染ならではの豊かな色名が生み出され、貴族から武士へ、やがて庶民へと青色は広く根付いていきました。明治期には欧米人が日本の街並みに藍染の色を見出し、「ジャパンブルー」と称しました。今日それは、日本を象徴する青として世界に知られています。

藍染の特徴は、その独特な染色技法にあります。主成分であるインディゴは水に溶けないため、微生物の働きによって発酵・還元させ、水に溶ける状態に変える必要があります。この工程を経て染液に浸された布は、空気に触れることで酸化し、青色へと発色します。この「還元と酸化」の過程により、藍染は繰り返し染めることで深みのある色合いを生むのです。

日本では「すくも(蒅)」と呼ばれる染料が発展しました。タデ藍の葉を発酵・熟成させて作られるこの染料は、軽量で保存・運搬に適しており、江戸時代には各地の紺屋(染め物屋)を支える基盤となりました。これにより藍染は庶民の生活に広く浸透していきます。藍染には、抗菌、防虫、消臭、そして燃え広がりにくい耐火性といった実用的な機能も備わっているといわれ、これらの特性から、農民・職人・火消しの装束など、藍染の衣は生活を守る衣服でした。

さらに藍染には「色が育つ」という性格があります。使い込むほど少しずつ色は徐々に落ち着き、独特の風合いを生み出します。この変化を劣化ではなく価値として捉える感覚は、現代のインディゴ染めにも通じるものがあります。藍の葉から生まれ、空気に触れて青へと変わり、時間とともに深みを増していく藍染は、自然の変化を受け取りながら生きるという日本の色彩観を体現した技法と言えるのではないでしょうか。

現在銀座ショールームでは、INDIGO CLASSICのTシャツを展示しております。しっかりとした厚みがありながら、肌への接地面が少ないため張りつきにくく、衣服の中を風が通り抜ける、真夏でもドライな着心地。タフな実用性は、袖を通すたびにその良さを実感していただけます。ハンガーに吊るしてありますので、シャツのシルエットから、袖や丈の長さなど、ぜひじっくりとご覧ください。

INDIGO CLASSIC Tシャツ
https://www.shokunin.com/jp/indigo/
INDIGO CLASSIC ストール
https://www.shokunin.com/jp/indigo/stole.html
INDIGO CLASSIC ハンカチ
https://www.shokunin.com/jp/indigo/handkerchief.html
ショールームのご案内
https://www.shokunin.com/jp/showroom/

参考資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/アイ_(植物)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO79312250V01C14A1TBP000/
https://pixy10.org/archives/post-7433.html
https://indigoart.lp-web.net/about-indigo/
https://iroai.jp/indigo/
https://www.zaboblue.com/blog/aizome-blog03.html
https://www.gov-online.go.jp/eng/publicity/


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【座布団1枚】

知らない人はいないんじゃないかというご長寿テレビ番組『笑点』。5月に放送60周年を迎えた『笑点』は、私たちの暮らしから一番近い伝統芸能のひとつかもしれません。

番組開始から現在まで、大喜利の司会者は6代にわたって引き継がれています。初代司会者である立川談志師匠が、「落語家の話術を視覚的にわかりやすく評価する方法」として取り入れたそうで、『笑点』の大喜利では、座布団のやり取りが行われるようになったといわれています。

身一つでさまざまな登場人物や情景などを表現する噺家さんにとって、座布団はかけがえのない存在です。長時間の演技を支えることはもちろん、高座と呼ばれる一段高いステージを座敷(和室)に見立て、その空間の中心に座布団を敷くことで、演者と客席の境界を作っているのだそう。そして、時には小道具として、ちゃぶ台や馬などに見立て、持ったり握ったり、叩いて音を鳴らしたりもします。

大きくて立派な舞台や美術がなくても、座布団1枚あればどこでも、その物語の中へ入り込ませてくれる。私は何度も寄席へ行ったことがあるのですが、笑いあり、涙ありで、何度となく心が揺さぶられました。

座布団の多くは、長方形の布を半分に折って正方形に近い形にし、2枚の布が重なった間に綿を詰め、三方の辺を縫って作られるそうですが、このときにできる縫い目のない辺を、噺家さんはお客様のほうに必ず向けるそうです。縁の「切れ目がない」ようにという思いから。また、高座返しという、次の演者へつなぐ作法もあったりします。

座布団1枚にも、粋であたたかな人としての心遣いが込められています。しかし、調べていると、それは噺家さんだけの作法ではないようです。和室で過ごすことが当たり前だった時代には、座布団の向きや扱い方にも相手を思う気持ちが込められていました。そんな昔ながらの心遣いに触れられるのも、落語の魅力かもしれません。

高座では、無限の物語を生み出すための大切な座布団ですが、お茶の間ではどうでしょう?『笑点』が60年もの間愛され続けてきたように、日々の物語の中に、長く寄り添ってくれるお気に入りの座布団を探してみてはいかがでしょうか?座ったり、寄りかかったり、抱きしめたり。そんな1枚を。

Platz セミオーダーお座布団
https://www.shokunin.com/jp/platz/zabuton.html
若松ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/wakamatsu.html


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【鰊御殿とソーラン節】

明治から大正年間にかけて、北海道の日本海沿岸に凄まじい好景気をもたらしたニシン漁。先日、その網元たちの栄華を今に伝える「小樽市鰊御殿」を見学してきました。明治30年(1897年)に積丹半島の泊村に建てられ、昭和33年(1958年)に小樽の祝津へと移築復元されたこの建物は、北海道の民家として初めて有形文化財に指定された歴史的な名建築です。一歩足を踏み入れると、当時ニシン漁で使われていた漁具や、番屋で暮らしていた人々の生活用具の展示とともに、BGMとして「ソーラン節」を唄う声が流れていました。その歌声は、現代風にアレンジされたものや、盆踊りのように朗々と歌い上げるものとは異なり、無骨で実直な、まさに命がけの作業の真っ只中で唄われていたかつての響きそのものでした。現代の私たちがステージなどで楽しむ洗練された「ソーラン節」が、もともとは激しい労働を全員で乗り切るため、荒海の中、声を張り上げて歌った「生きるための唄」だったという原点に、強い興味を抱きました。

今回訪れた小樽市鰊御殿は、最高級の木材と技術を注ぎ込み建てられた網元の住居であると同時に、全盛期には120人ものヤン衆(出稼ぎ労働者)たちが寝泊まりをして共同生活を送る、いわば巨大な仕事場でもありました。この地で歌われていたソーラン節は、東北地方からの出稼ぎ漁師が持ち込んだ民謡が海を渡って定着した「鰊場作業唄(正調鰊場音頭)」が基になっています。過酷な労働において仲間との結束を固め、辛さを吹き飛ばすために生まれたこの唄は、ニシン漁の一連のプロセスに寄り添うように、4つの作業工程(四編)で構成されています。船着き場から網の仕掛け場所を往復する際の「船漕(ふなこ)ぎ」、網にかかったニシンを枠網へと追い込む、最も気合いの入る「網起こし」、集まったニシンを大きなタモ網で船へと一気に汲み上げる「沖揚げ」、そして、網の目にびっしりと付着した数の子を竹の棒で叩き落とす「子たたき」。私たちがよく知るソーラン節は、このうちの「沖揚げ」の作業唄が独自に変化したもので、あふれんばかりのニシンでいっぱいとなった網を引き揚げる際に唄われました。

集団の中で一番腕力のある若者が大きなタモ網の柄を握り、周囲の漁夫たちが船板を叩いて調子を取りながら「ソーラン、ソーラン」と激しく囃(はや)し立てる。最初の段階は、枠網にニシンがひしめき合っているため、少しタモ網を差し入れるだけで勝手に魚が入ってきてくれます。しかし、作業が進んで枠網のニシンが減ってくると、四方に逃げ惑う残りの魚を、重いタモ網を力任せに何度も動かしてかき集めなければなりません。タモ網が満たされるまでの時間が長くなるほど、踏ん張りどころを迎えた若者を鼓舞するように、周囲の「ソーラン!」という掛け声が幾度となく連呼されました。やがてタモ網が魚で満たされると、タイミングを合わせて一気に引き揚げるために「チョイ ヤサ エー」の合図が響き、「ドッコイショ」の声と共にニシンを運ぶ船へと魚が打ち撒かれます。

春の冷たい海、揺れる船上での単調な超肉体労働は、猛烈な疲れと眠気を誘いました。海への転落が即座に命取りになる極限状態のさなか、音頭取りはわざとおどけた内容や卑猥な歌詞を歌い上げることで、漁夫たちの目を覚まさせ、笑いを誘って緊迫した現場を盛り立てることもありました。唄は、不眠不休で続く戦場のような忙しさの渦中で、労働の辛さや眠気を紛らわせるための大切な知恵でもあったのです。

かつてこの日本海沿岸を席巻したニシン黄金時代ですが、そこには華やかな成功物語の裏に、綺麗事だけでは済まない現実もありました。当時の漁場に漂っていた独特の生活臭や、過酷な肉体労働、さらには網元と底辺を支えるヤン衆たちとの間の複雑な人間模様は、ニシン景気に湧く北海道小樽や余市・積丹のニシン漁場を舞台にした島木健作による小説『鰊漁場』の中でも実に生々しく描かれています。厳しい環境に身を投じた数多くの地元の漁夫や、本州から海を渡ってきた出稼ぎ労働者たち。栄華を極めた鰊御殿の華やかさと、今も愛される名曲の響きの裏には、厳しい北の海において死に物狂いで労働に明け暮れた、名もなき人々の壮絶な生き様がありました。

帰り道、せっかくここまで来たのなら、名物のニシンを味わってみたい、と、近くにある「青塚食堂」へと立ち寄ることにしました。店先では、炭火でじっくりと焼かれる丸々と太ったニシンから、香ばしい煙が立ち上っています。激動の時代を通り抜け、今、こうして平和な現代で味わうニシンは、驚くほどふっくらとして柔らかく、一口一口を噛み締めるたびに、この豊かな日常の土台を築いてくれた先人たちへの感謝の思いが湧き上がってくるようでした。

小樽市鰊御殿のある祝津へは、小樽ショールームから徒歩8分の場所に位置する小樽港観光船ターミナルから、「観光船あおばと」に乗船し、約20分で到着します。小樽市鰊御殿、青塚食堂、そしてこちらもニシン漁で巨万の富を築き上げた一族による美術豪邸「旧青山別邸」も徒歩圏内。帰りはバスで小樽駅前へ戻ることが可能です。観光船での心地よい船旅を楽しみながら、ニシン漁の面影が今も息づく祝津の地へ、少し足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

小樽ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/otaru.html
小樽市鰊御殿
https://www.city.otaru.lg.jp/docs/2020100900596/
青塚食堂
http://www.aotsuka.com/
旧青山別邸
http://www.otaru-kihinkan.jp/aoyama_about/
観光船あおばと
https://otaru-kankousen.jp/ships/

参考資料
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/184110
https://www.parkhotelgroup.com/ja/grand-park-otaru/our-hotel/
https://www.town.shakotan.lg.jp/contents/content0034.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%83%A9
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B0%8A%E5%A0%B4%E4%B
https://www.aozora.gr.jp/cards/000008/card1083.html


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【アメリカのお客様へ】

いつもアメリカから職人.comをご利用いただき誠にありがとうございます。このたび発送手段が6年ぶりにEMSに戻りましたことをご報告させていただきます。

送料を含まない内容品の合計金額が800USD以内の場合、関税は前払いとなるため、ご注文後に金額をご確認のうえお支払いいただきます。800USDを超えるお荷物につきましては、アメリカ到着時に関税をお支払いくださいませ。

今後もお手頃な送料を維持し、より良いサービスの提供を心がけてまいります。皆さまのご利用を心よりお待ちしております。
https://www.shokunin.com/jp/etc/siharai.html



編集後記

こんばんは。職人.com運営者の櫻井です。

小樽出張から始まった6月でした。非常に多くの学びがありました。まだまだ記事は出しきれていないので、お楽しみにお待ちいただければ幸いです。

さて、今月は大きな変革がございました。それは海外向けのEMSへの一本化です。当店では海外向けも非常に多いため、とても勇気の要る決断でした。

ですが、何年先を見据えて、変えていかないといけないこともあります。変化は多大なるストレスを伴いますが、やり遂げた今、本当にすがすがしい気分です。

来月にも大きなチャレンジが待っているので、より良いサービスの実現に向けて、引き続き頑張ってまいりたいと思います。

そんなこんなで、全く新商品が入っておらず誠に申し訳ございません。当店のラインナップに加わるのに、実は大変高いハードルを設けており、職人.com通信にも少し書かせていただきました。今後も妥協のない選定・開発を行ってまいります。

それでは来月もどうぞよろしくお願いいたします。



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