
大阪錫器(大阪浪華錫器)のご紹介
錫が海外から日本に入ってきたのは、約1300年前と考えられています。
日本に入ってきた当時、錫は現在の金や銀のように貴重品であったため、特権階級の人々のみが使用していました。
江戸時代に入ってからは一般にも普及しはじめ、酒器や茶器が現在のかたちに形成されたのもこの頃のことです。
そんな江戸時代後期に大阪で錫器づくりが盛んになり、錫器の一般普及に貢献。

その後、第二次世界大戦が起こり、職人が戦争に招集されたり、材料の錫の入手が困難になったりし、大阪の錫器づくりは壊滅的な打撃を受けました。
しかし、第二次世界大戦後、大阪の錫器づくりの再建をすべく、大阪に点在していた職人が集い見事に再建。職人たちのひたむきな努力の結果、昭和58年に経済産業大臣より伝統的工芸品
「大阪浪華錫器」としての指定を受けられました。
大阪錫器では"一時の流行に流されるものではなく、月日と共に価値を増してゆく"という考えを基に日々ものづくりに励まれてます。
 |
江戸時代後期創業。鋳型に鋳込み、ロクロで挽くという昔ながらの技術で製作。材料の錫はイオン効果が大きいと言われお酒を注ぐと雑味のないまろやかな味になると、酒通から大変ご好評を頂いている。 |
|