6歳のころから20年間剣道を続けていたが、離れようと思ったとき他に何もできない自分に気がつきました。ファッションは好きだったので「手に職」という言葉が流行っていたときに、スーツの仕立か靴屋をやりたいと思いました。 スーツと靴をカッターで分解してみたら、靴は分解しても作り方がよくわかりませんでした。そして裸足の武道をしていたからこそ靴を追求しようと考えました。 しばらく浅草のメーカーで企画に携わりいろいろと勉強したが、素材として革ばかり使用することに疑問を持ち始めました。それが今布を使うことにつながっています。布を使うことにより、自分の靴の可能性は大いに広がったと感じています。 京都にきたのは、さまざまな歴史、文化、宗教を、府として、県として、市として、町として、残そう、根付かせよう、つなげようとする気持ちを感じとれる場所だからです。それが僕のものつくりの活動にすごくいい影響を与えてくれていると思っています。ひとりのつくりてとして、そして家族のためにもいい選択をしたと思っています。
靴つくりの魅力はどんなところですか? 靴をつくるということは、工程やパーツが非常に多く分業にするのは納得できます。しかし逆に考えるといろいろな作業をすることができて楽しいですね。 日本が本格的に靴を作り始めて100年以上たちますが、ヨーロッパの歴史には遠く及びません。でもそろそろ日本の美を靴として表現できるのではないか、カジュアルに仕立てるこ とができるのではないか、日本で靴をつくる意義を見出すべきじゃないかと思っていますし、日本の伝統技術を 靴作りやデザインに反映できるのではないか、そこがものつくりにおいて一番重要だと思うし、面白いところです。今のものの作り方はお客さまの声が直接僕に届くので、喜んでいただけたときはこの上なく嬉しいです。
野嶋さんの誠実なお人柄が本当に伝わるお話でした。ではこれからの展望をお願いします。 靴は家と外をつなげる道具であり、人の健康にも深くかかわる重要なもの。それは、中と外、内と外、という関係をつなぐ役割だと思います。僕は靴を作る人間として、人と人をつなぐ役割も担いたいと思います。いろいろな素材を使い、靴を作ることだけでも多くの人がかかわっています。 これからのデザインは、見た目、機能性、さらに時代性だけでなく時間を落とし込まなくてはならないと思っています。そのためにもつながりが必要だし、僕にとっては靴を作るということがそれを形にす ることだと思っています。さらにいろんなつくりてが集まる工房を作り、相互作用で新しいものが生まれる場所 をつくりたいし、見てみたいですね。
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フリーライター 石田祥子氏による









