
前川さんは伝統工芸である型染めを用いてとても印象的な鞄を多く作られていますよね。前川さんがこの仕事をされるようになった経緯を教えて下さい。
子供の頃から着物が大好きだった私は、染色を学びたかったため京都の短大に入りました。日本の文化が多く残る京都で、染色を学び、暮らしていくうちに、いっそう和の魅力に惹かれるようになりました。しかしそれと同時に、低迷する着物文化の現状をも目にすることとなり、「着物という形ではない和の美しさを発信できないのか」と考えるようになりました。
そんな想いを抱えながら卒業後、テキスタイルプリントの企画会社に入社したのですが、取引先である染工場(オートスクリーンの捺染工場)に足を運んでいるうちに、「自分の手で染めたい」という気持ちが強くなりました。
伝統的な技法を用い染め上げた布で、多くの人に構えることなく身に付けてもらえる物。そして決して『京都のおみやげ物』にならない物。そう考えた結果、『鞄』という形にして送り出すことにしました。
しかし、鞄と言っても袋物になってしまえば、『おみやげ物』と言う目で見られ、限られた人に限られた時間しか持ってもらえません。縫製の技術を確かなものにする為、各地のフリーマーケットに出店しているうちに、デザイン性や、丈夫さが必要だと気づかされました。そこで、より丈夫でなくてはならない部分には帯地を使用し、洋服にも合わせていただきやすいように持ち手に革を使用するようになりました。
現在も、お客様からの細かなご注文は大変参考になり、以後の商品に反映させていただくこともあります。多くの方の様々な声を大切に、今後も良い物を作っていきたいと思います。
どうして型染めを扱おうと思ったのですか?こだわりなどがあれば教えてください。
型染めにはいくつかの規制があります。例えば、型を作るとき、その図案は全ての線が繋がっていなくてはいけません。切り絵と同じように。
私は、この規制をクリアしながら図案を描き上げていく作業が何より楽しいのです。そうして仕上がった型は、とても個性が強く、とても美しく感じます。規制があるからこそ生まれるその美しさに、私は強く魅かれます。どうして型染めなのか?型染めが大好きだから。本当にそれだけですね。
商品を通じたメッセージはありますか?
お客様には、手染めの布のあたたかさ、和柄の美しさを感じていただければ嬉しいです。そして、『紺屋の白袴』の鞄を機に、「形式に捉われず、日本の文化を伝える術もあるんだ」と気付いていただければなによりです。
和柄は、一見個性が強く見えますが、身に付けると不思議と自然になじむんです(自国の文化ですから当然ですね)。だけど、洋服でも和服でも、自分が引き立つ独自のスタイルを作れる。自分だけの色、自分だけの形をうまく楽しんでいただきたいです。
では最後に前川さんの今後の展望を教えて下さい。
答えにならないかもしれませんが、とりあえず型染めを、形は『鞄』を極めたいと思います。職人と呼んでいただくにはまだまだ未熟ですし、型染めの面白さはやればやるほど発見できるんじゃないかとも思います。型染めは、きっと一生変わらずやっていくんだろうなぁという気がしています。
『鞄』という形も、なかなか楽しいんですよ。単純なものだけに、少しのアイデアで表情ががらりと変わるんです。帯や革、金襴、デニム、ファーなど、違った素材との組み合わせにもどんどん挑戦していきたいですね。それに、丈夫さはもちろん、季節感をいかに出すかなど、課題は絶えることなくありますので。
「夢」と言うなら、お店を持つこと。型染めの布を使った色んなアイテムでいっぱいにできれば幸せですね。でもそれには、お客様に満足していただける、色んな力が伴っていないといけませんから。『お店』と言う形は、『紺屋の白袴』を気に入ってくださるお客様があって、後からついてくるものだと考えています。何においても、まだまだ修行中ですね。
『紺屋の白袴』の意について 『紺屋の白袴』代表・型染め職人 前川尚子
一般的に使われる意
1.他人の為にばかり忙しく、自分の事には手が回らないこと。
2.いつでもできるにも拘わらず、放置しておくようなことを指摘する意。
少し前まで使われていた意
3.染色の液を扱いながら、自分の白袴にしみひとつつけないという、職人の意気を表す言葉。
『紺屋の白袴』とはこの3番目の意をとっています。
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子供の頃から着物が大好きだった私は、染色を学びたかったため京都の短大に入りました。日本の文化が多く残る京都で、染色を学び、暮らしていくうちに、 いっそう和の魅力に惹かれるようになりました。しかしそれと同時に、低迷する着物文化の現状をも目にすることとなり、「着物という形ではない和の美しさを 発信できないのか」と考えるようになりました。
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