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日吉屋は江戸時代後期に京都市内で創業、2代目が人形寺宝鏡寺の門前へ移店してから百数十年が経過しています。
代々お茶の家元表千家、裏千家の和傘製作を手掛ける由緒正しい京の老舗です。
そんな日吉屋5代目当主、西堀耕太郎さんに和傘にまつわる貴重なお話を伺わせていただきました。
|| 何故和傘の製作に携わるようになったのか |
和歌山県新宮市に産まれた西堀さんは、
地元の高校を卒業後、大学進学にも就職にも気が進まず、
当時カナダの日本大使館で働いていた親戚に呼ばれ留学を決意。
留学先では様々な国籍の若者と交流し、自国の文化について語り合ったが、その時に自分がいかに日本という国の文化に疎いかということを気付かされたそうです。
西堀さんの地元和歌山県新宮市は合気道発祥の地としても有名です。
武道習得のために世界各国から様々な人が訪れるため、外国の方を見かける機会も多かったとか。
ご近所にある合気道熊野塾道場の道場でも多い日で70%近くが海外からの修行者であったという事実も含め、
海外の方が日本の文化に向ける関心は大きい。
西堀さんのカナダ留学は、日本文化に対する意識を一変させる体験になりました。
帰国後西堀さんは"和"を特別に意識し始め、家具や身の回りの物にも
和の趣を感じられるものを選ぶようになります。
そんな折、友人の大学での後輩であった現在の奥さんと知り合い、彼女の実家へ遊びに行くことになり、
運命の出会いを果たすことになります。奥さんの実家の家業は"和傘"でした。
それが西堀さんと"日吉屋"との出会いです。
「自分がいい!と思ったものは、他の誰かも"いい"と思うはず!」
当時洋傘の勢いに押され、
衰退産業になりつつあった日吉屋の救世主になるきっかけとなる出来事でした。
>>日吉屋商品一覧はこちらから
|| 和傘の魅力とは
手作りの工芸品の中で和傘ほど複雑な稼動をするものはほとんどありません。
和傘は一本の竹の、円中の構造を使って作られます。そのため、少しでも割れていたり、
計算が狂うと開閉がなりたたないという、たいへん精密な構造になっています。
そのため、竹の骨組みは等間隔で、均等に並び、重なり合った美しい幾何学模様が形づくられます。
長い歴史の中で洗練されたシンプルなデザイン、渋くて、和みのある雰囲気、
閉じと開きで表情ががらりと変わるその変化、糸飾りの幾何学模様、
和傘の開閉時に重要な役割を担う中心部に内臓された空巻きという高度な技術、
和傘の魅力は先人たちの技術の集大成です。 |
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|| 今後の展望
「伝統的に受け継がれている和傘の製作はもちろんしっかりやりますし、文化財の修復もします。
でもそれだけじゃなくて、今の時代にあったようなものも作って行きたい。
これからは海外の方にも共感されるようなものも作っていきたいですね。」
伝統的な和傘を守りながら、新しい製品も作りたいという西堀さん。
将来は傘にまつわる資料を集めて"ここに来たら傘の事がなんでもわかる"と言われるような
"傘"の博物館を、ライフワークとして作っていけたらいいな、と、楽しそうに語っておられました。
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|| 宝鏡寺との繋がり 百々御所と言う御所名を持っている臨済宗単位の尼門跡寺院、宝鏡寺は、代々内親王が入寺され、父君である天皇からことあるごとに人形が贈られたという背景から、人形寺ということで有名です。
日吉屋は、2代目の代に宝鏡前に本拠を構えて以来100年、境内に和傘を干すことを唯一許されています。その変わりに寺の通用門の朝夕の開け閉めを任されています。長い年月に渡りお茶の家元の和傘製作を携わるという経歴と、いいものを誠実に無欲に作りつづけた職人の精神に共感されたことに由来する、信頼関係で、このようなお役目を務めることになったのではないでしょうか。
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|| 素材について
和傘に使う和紙は、手漉きの楮紙を使用。何千回にも及ぶ傘の閉じ開きの劣化に耐えられる、強度の強い、繊維の目の長い和紙を厳選して使用しています。
原産地に関しては、昔は日本三代和紙のうちのひとつ美嚢和紙を使用していたのですが、洋傘の勢いに押され和紙職人の後継者が途絶えてしまい、現在は越前和紙や、五箇山和紙と、いずれも手漉きの色の濃い鮮やかな色和紙を使用しています。
竹は岐阜県の真竹、九州地方の孟宗竹、京都の胡麻竹、黒軸等を用途に応じて使い分けています。漆、友禅の絵付けに関しても京都の職人さんに依頼して妥協しない本物の京の和傘にこだわっています。
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「伝統的に受け継がれている和傘の製作はもちろんしっかりやりますし、文化財の修復もします。 でもそれだけじゃなくて、今の時代にあったようなものも作って行きたい。 これからは海外の方にも共感されるようなものも作っていきたいですね。」 伝統的な和傘を守りながら、新しい製品も作りたいという西堀さん。 将来は傘にまつわる資料を集めて"ここに来たら傘の事がなんでもわかる"と言われるような "傘"の博物館を、ライフワークとして作っていけたらいいな、と、楽しそうに語っておられました。
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